中村文則

■ 『何もかも憂鬱な夜に』

投稿日:2017年11月5日 更新日:

はじめに

約3ヶ月ぶりのブログ更新です。

その記念すべき本は、
中村文則『何もかも憂鬱な夜に』。

伊香保温泉に向かう
新幹線車内で、読了しました。

何もかも憂鬱な夜に

あらすじ

施設で育った刑務官の「僕」は、
20歳の死刑囚・山井を担当する。

「僕」は学生時代から、
自殺した親友・真下と同じく
混沌とした自身の内面に苦しむ。

大切な恩師のように、
希望を与えられる人になりたい。

その一方、
山井にシンパシーを感じる「僕」。

この憂鬱に答えはあるのだろうか?

感想・考察

お前は俺に似てる、と真下は僕に言い続けた。お前は俺に似てる。すごく似てる。だから、ただじゃ済まない。ただじゃ済まないよ。

「僕」の憂鬱

「僕」は、
憂鬱に怯える。

自分も山井と同じ種の
人間なのではないだろうか?

死んでいった真下は、
「お前は俺に似てる」と繰り返した。

自分は、
暗く冷え切った
そっち側にいるべきでは?

人間は、
陽と陰に分けることが
できるのではないだろうか?

たまにそう感じる時がある。

そして、
自分は陰に属すと、
散々、思い知らされた。

ただ、
それに優劣があるわけではない。

「ただ、異なる」、
それだけのこと。

「僕」の憂鬱を
私が共感できるかというと、
そうではない。

陰にも種類があるのだ。

私たちは、
それを抱えて
ごまかしながら
生きていくしかない。

そんな深い闇の話。

死刑制度について

私は死刑に賛成だ。

なぜなら、
「死」をそれほど
重要なことだと、
捉えていないからだ。

つまり、
死はもっとカジュアルでも
いいと思う。

以前、
死刑囚の絵を飾った
展覧会に、足を運んだことがある。

そこで感じたことは、
死刑囚と私たちの間に
明確な境があるわけではないこと。

彼らは、
少し掛け違えただけなのだ。

彼らを特別視することは、
ある種の差別ではないだろうか?

例外はあるが、
彼らは普通の心を持っている
ということを忘れてはならない。

それを踏まえた上で、
死刑は是であると主張したい。

生まれ変わったら、
もっと生きやすい心に出会えるよ。

素晴らしい芸術を味わうこと

「僕」の恩師は、
たくさんの芸術と
その芸術の素晴らしさを
教えてくれた。

これほど素晴らしい芸術が
あるのだから、それを享受しないことは、
人生にとって損失である。

私も、
昔から芸術に救われてきた。

「僕」と同じように、
芸術の素晴らしさを
発信できる人になりたい。

こんな方におすすめ

  • 心の闇を感じる人
  • 芸術に惚れ込んだ人
  • 人間の内面の機微に興味がある人

あとがき

心の闇を掘り下げた
興味深い作品でした。

評価は、
■ (3 point)
とさせていただきます。

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