はじめに
『春の庭』 柴崎友香 2017年4月 文春文庫より 第151回芥川賞受賞作.
柴崎さんの著書の中でも難解な部類に入るお話だと思います。
相変わらず日常の描写力は素晴らしいです。
あらすじと感想を描きます。
春の庭
読書時間の目安
2時間42分
あらすじ
部屋の名前が干支という一風変わった古いアパートに住んでいる太郎は、裏にある水色の洋館に並々ならぬ関心を寄せている同じアパートの住人・西と出会います。
西がその家に執着する理由は、その家が西の持つ「春の庭」という写真集の舞台だったからです。
面倒なことは避けたい性格の太郎ですが、西の思いの強さに押され、協力的な態度をとるようになります。
感想
「春の庭」の解釈はとても難しいです。
それは、読んでいる時にも思ったし、読後に色々な感想を読んでいる時も思いました。
ここでは、書評みたいな難しい考察は、他の人に任せて、僕が感じたことをそのまま書き連ねたいと思います。
この作品のテーマは、”住居”であるようにも思いますが、もう少し普遍性が高いと思います。
それは、「“箱”と”中身”があって、それらを組み合わせるごとに異なる文脈(コンテクスト)を持つ」ということだと思います。
例えば、水色の洋館も、牛島タローと馬村かいこが住んでいた時と、森尾夫妻が住んでいた時とでは、全く違う顔を見せます。
それは、太郎と西の目からも明らかでした。
また、物々交換が多いことも、作品を読んでいて、気になりました。
西のお礼にもらった鳩時計が太郎のもとでは必要とされず、沼津(元同僚)の妻のもとでは可愛がられる。
そして、そのまたお礼にもらった海産物は太郎のもとから西へと森尾夫妻へと移動していきます。
これらの場合”箱”となるのは、家であったり人間であったりします。
このように作中では、“箱”となりうる存在が頻繁に登場します(探してみてください)。
作中に起こる視点の入れ替わりも、世界=箱+中身=人間だと考えた時に、全く違った意味合いを持つということを示唆していると思います。
そして、”箱”と”中身”の組み合わせによって生じる文脈(コンテクスト)=現実の世界 なのだと、著者は強く主張したかったのではないでしょうか。
作品を読んでいて「ん?」と思った部分があるので、引用します。
水色のあの家も、芸能人が住んでいるのかもしれない、と太郎は考えた。
「辰」室の女は、その芸能人の熱狂的なファンか、もしくはただ興味本位で覗いているだけか。
どちらにしても、だとしたらつまらない解答だった。
「辰」室の女というのは西のことです。
ここで、淡々とした日常を過ごしていただけの太郎が、わずかですが、「何か面白いことが起こればいい」という気持ちを孕んでいるということがわかります。
これは、僕にとって意外でした。
むしろ、太郎は、そういった想定外の出来事が起こることを忌避する性格のように思えたからです。
結果として、西と関わるようになって、太郎には、ちょっとした非日常が訪れるようになるのですが、この部分がちょうど、日常にヒビがはいる瞬間だったのではないかと。
こういう日常の描写の中に、予兆めいたものを孕ませる技術は、柴崎さんの作品の特徴の一つであると思いました。
ストーリー自体は平坦ですが、伏線が数多く張られており、その解決は完全に読者の手に委ねられています。
この「描ききらない」姿勢も、柴崎さんの特徴だと以下の記事で述べました。
僕は、個人的に、伏線回収にそんなに興味があるわけではないので、余韻だけ味わえれば良いのですが、気になる方は、ぜひ自分独自の解釈を考えていただくと良いと思います^^
こんな方におすすめ
- 他人の家などに興味がある人
- ふんわりした読後感を味わいたい人
- ちょっと難解な作品を読んでみたい人
あとがき
いい本でした。
さすが、芥川賞受賞作ですね。
評価は●(4 point)とさせていただきました。
みなさんもぜひぜひ読んでみてくださいね!