純文学

土の中の子供/中村文則_過去のトラウマと闘う覚悟はありますか?

モロケン

未経験からフリーライターとして独立、起業。日給500円から始めて今では1記事5万円も珍しくない。いつまでも純粋さを大切にしたい。

第133回芥川賞受賞作『土の中の子供』(中村文則/新潮文庫)の読書感想文です。登場人物の心の闇の部分を、飽くことなく掘り下げていくと一筋の光明がぼんやり見えてくることがわかります。中村文則らしい暗鬱としたストーリの中に「希望」を予感させることで、決して恵まれた境遇にいない人たちの心を救うことができるような小説でした。あらすじと感想・考察(ややネタバレ)を書きます。

『土の中の子供』のあらすじ

あらすじ

主人公の男は、幼い頃に親に捨てられた。里子に出された先に待っていたのは圧倒的暴力。大人になると、タクシードライバーとなり、恋人・白湯子(さゆこ)とともに刹那的に生活をともにする。男の幼少期の記憶には、深い森の中で土に埋められた経験が色濃くトラウマとして残ります。不安定な精神のもと、彼は希望を見つけることができるのかーー。

『土の中の子供』のここが読みどころ!

ココが読みどころ!

  • 主人公はどうして自らを窮地に追い込む行動をとってしまうのか?
  • 主人公が高いところから物を落とすのが好きだった深層心理とは?
  • 主人公が絶望の中に見た一筋の光明は彼にとって希望になるのか?

『土の中の子供』の感想と考察(ややネタバレ)

モロケン
『土の中の子供』の感想文を書きます。ネタバレが嫌だよって人はコチラまで、進んでね!

恐怖の先にある何かに惹かれる

・・・自分が何かに惹かれているような気がした。希望と表現することが明らかに間違っているような、何かの望みが、私の中にあるように思う。それは姿が見えず、正体がわからない。ただ、私の生活を歪めようとしていることだけしかわからない。

p31

上の引用文から主人公が、漠然と何かを求めていることがわかります。
彼は、ヤンキーのグループにわざと吸い殻を投げつけるなど、恐怖を招き入れることで、その核心にたどり着けるのではないかと考えていました。

当然、一緒に暮らしている白湯子に彼の複雑な心境が理解ができるはずもないでしょう。
彼女にとっては、男の様子が近頃おかしいと考えていたはずです。

ストックホルム症候群

主人公が孤児として施設にやってきたとき、精神科医は次のように言いました。

恐怖に感情が乱され続けたことで、恐怖が癖のように、血肉のようになって、彼の身体に染みついている。今の彼は、明らかに、恐怖を求めようとしています。恐怖が身体の一部になるほど侵食し、それに捉えられ、依存の状態にあるんです。自ら恐怖を求めるほど、病に蝕まれた状態にあります

p82

恐怖に依存すると聞いたとき、ストックホルム症候群が頭に浮かびました。

メモ

ストックホルム症候群(ストックホルムしょうこうぐん、英語: Stockholm syndrome)は、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者についての臨床において、被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。

Wikipediaより

主人公の男は、恐怖を与える大人に対して心理的なつながりを求めた結果、恐怖そのものに依存心を持ってしまったのではないでしょうか?
そう考えると、物語の冒頭にある主人公の不可思議な行動も説明がつきます。

決して「彼ら」に屈してはならない

『土の中の子供』には「彼ら」という言葉がよく出てきます。
「彼ら」とは、一体どのような存在なのか?
次の文にヒントがあると思います。

・・・この世界の、目に見えない暗闇の奥に確かに存在する、暴力的に人間や生物を支配しようとする運命というものに対して、そして、力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか。言うことを聞くつもりはない。私は自由に、自分に降りかかる全ての障害を、自分の手で叩き潰してやるのだ。

p92

ココ圧倒されますよね。
主人公の意志覚悟がよく表現されています。

僕も社会に潜む絶対的な存在に対して、「負けてたまるか」と思うことがよくあります。
学生の頃は毎日が辛くて、でも絶対に大人になって見返してやると。

ちなみに、この考え方に初めて触れたのは村上龍の『限りなく透明なブルー』を読んだときです。

ここでも描かれた「運命」というテーマ

あとは中村文則にとって「運命」は大きなテーマであるようです。
幼い頃の主人公が、物を高いところから落とすことが好きだったのは、
手を離した瞬間に、空中でどうもがこうと、地面に直撃することが確定することが、「運命」とよく似ていたからでしょう。

「運命」は中村文則の8作目の『掏摸』という作品でも大きなテーマとして描かれていました。

『土の中の子供』は、中村文則の問題意識がはっきりと文章として残されたという意味で、重要な作品であることは間違いありません。
主人公と白湯子はお互いの弱さを補完しながら幸せになって欲しいですね。

『土の中の子供』はこんな人におすすめ!

モロケン
中村文則の作品の世界観や雰囲気を知りたい!

自分の力ではどうすることもできないのは運命だから?
文学青年

サブカル
幼い頃のツラい経験がトラウマになっている。


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あとがき:土の中の子供

『土の中の子供』(中村文則/新潮文庫)の読書感想文でした。

中村文則の個性がすごくよく出ている作品で、初めての人にオススメしやすい作品ですね。
内容は少し暗いですが、珍しく後味の良い終わり方をしているので、幅広い層から共感が得られそうです。

とはいうものの、扱っているテーマはとても重厚。
薄い本とはいえ、読み応えは抜群です。

モロケン
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