第133回芥川賞受賞作『土の中の子供』(中村文則/新潮文庫)の読書感想文です。登場人物の心の闇の部分を、飽くことなく掘り下げていくと一筋の光明がぼんやり見えてくることがわかります。中村文則らしい暗鬱としたストーリの中に「希望」を予感させることで、決して恵まれた境遇にいない人たちの心を救うことができるような小説でした。あらすじと感想・考察(ややネタバレ)を書きます。
『土の中の子供』のあらすじ
あらすじ
『土の中の子供』のここが読みどころ!
ココが読みどころ!
- 主人公はどうして自らを窮地に追い込む行動をとってしまうのか?
- 主人公が高いところから物を落とすのが好きだった深層心理とは?
- 主人公が絶望の中に見た一筋の光明は彼にとって希望になるのか?
『土の中の子供』の感想と考察(ややネタバレ)

恐怖の先にある何かに惹かれる
p31
上の引用文から主人公が、漠然と何かを求めていることがわかります。
彼は、ヤンキーのグループにわざと吸い殻を投げつけるなど、恐怖を招き入れることで、その核心にたどり着けるのではないかと考えていました。
当然、一緒に暮らしている白湯子に彼の複雑な心境が理解ができるはずもないでしょう。
彼女にとっては、男の様子が近頃おかしいと考えていたはずです。
ストックホルム症候群
主人公が孤児として施設にやってきたとき、精神科医は次のように言いました。
p82
恐怖に依存すると聞いたとき、ストックホルム症候群が頭に浮かびました。
メモ
ストックホルム症候群(ストックホルムしょうこうぐん、英語: Stockholm syndrome)は、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者についての臨床において、被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。
Wikipediaより
主人公の男は、恐怖を与える大人に対して心理的なつながりを求めた結果、恐怖そのものに依存心を持ってしまったのではないでしょうか?
そう考えると、物語の冒頭にある主人公の不可思議な行動も説明がつきます。
決して「彼ら」に屈してはならない
『土の中の子供』には「彼ら」という言葉がよく出てきます。
「彼ら」とは、一体どのような存在なのか?
次の文にヒントがあると思います。
p92
ココ圧倒されますよね。
主人公の意志と覚悟がよく表現されています。
僕も社会に潜む絶対的な存在に対して、「負けてたまるか」と思うことがよくあります。
学生の頃は毎日が辛くて、でも絶対に大人になって見返してやると。
ちなみに、この考え方に初めて触れたのは村上龍の『限りなく透明なブルー』を読んだときです。 舞台は東京、基地の町、福生。ここにあるアパートの一室、通称ハウスで主人公リュウや複数の男女がクスリ、LSD、セックス、暴力、兵士との交流などに明け暮れ生活している。明日、何か変わったことがおこるわけでも、何かを探していたり、期待しているわけでもない。リュウは仲間達の行為を客観的に見続け、彼らはハウスを中心にただただ荒廃していく。そしていつの間にかハウスからは仲間達は去っていき、リュウの目にはいつか見た幻覚が鳥として見えた。
限りなく透明に近いブルー/村上龍_白い起伏と黒い鳥
ここでも描かれた「運命」というテーマ
あとは中村文則にとって「運命」は大きなテーマであるようです。
幼い頃の主人公が、物を高いところから落とすことが好きだったのは、
手を離した瞬間に、空中でどうもがこうと、地面に直撃することが確定することが、「運命」とよく似ていたからでしょう。
「運命」は中村文則の8作目の『掏摸』という作品でも大きなテーマとして描かれていました。 主人公の男・西村は、東京でスリを生業とする。彼のスリの技術は超一級で、孤独だが不思議な平穏の元、日々を暮らしていた。ところがある日、「木崎」という闇世界の住人と出会ってしまう。木崎に存在を知られたものは皆、掌で踊らされ悲痛な結末が待っている。西村は、自身の「運命」に光を見出すことができるのかーー?
掏摸/中村文則_人間は運命に抗うことができるか?
『土の中の子供』は、中村文則の問題意識がはっきりと文章として残されたという意味で、重要な作品であることは間違いありません。
主人公と白湯子はお互いの弱さを補完しながら幸せになって欲しいですね。
『土の中の子供』はこんな人におすすめ!



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あとがき:土の中の子供
『土の中の子供』(中村文則/新潮文庫)の読書感想文でした。
中村文則の個性がすごくよく出ている作品で、初めての人にオススメしやすい作品ですね。
内容は少し暗いですが、珍しく後味の良い終わり方をしているので、幅広い層から共感が得られそうです。
とはいうものの、扱っているテーマはとても重厚。
薄い本とはいえ、読み応えは抜群です。

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