はじめに
この本が書かれたのは、1999年7月。
現在(2017年)から18年前となりますが、全く色褪せることのない文章の魅力を感じます。
神様のボート
あらすじ
昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。
”私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子”。
必ず戻るといって消えて行ったパパを待ってママとあたしは引っ越しを繰り返す。
”私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの””神様のボートにのってしまったから”。
恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遥かな旅の物語。(巻末より)
感想
この作品が素晴らしいと思うのは、母葉子の狂気的、恋愛の世界と娘草子の大人への成長の世界のバランスが、時系列ごとに絶妙に入れ替わっている点だと思います。
草子は葉子の弱さと閉鎖性を自身が成長するにつれてはっきりと認識することができます。
しかし、一心に愛を受けて育った草子はそれらを指摘することができない、した時には胸が張り裂けそうになる。
その瞬間、葉子の世界が瞬く間にしぼんで行ってしまう。
そこには哀愁しか残らない。
ただそれは、とても儚げで、美しいです。
この作品では、葉子は自由気ままに”神様のボート“に乗って、色々な場所に引っ越していきます。
”君は、浮くことはないけど、馴染まない”かつての夫である桃井先生に葉子が言われた言葉です。
葉子がどれだけ自由に場所を移動しても、”あのひと”からの呪縛からは逃れることはできない。
自由でありながらも閉ざされている。
物理的な移動と精神的な移り変わりはイコールではない。
この作品を読んでいると、そのことを強く実感できます。
最後に、心理的な描写方法の正確性と繊細さは、さすが江國香織さんと思えます。
クラシックやジャズ、絵画など文化的なものにおける教養、理知さが作者に備わっていること、そのことによって、この物語は人間の心理の奥底まで明確にすることに成功しています。
とても、素晴らしいと思います。
江國さんの作品では、常にこのことが担保されているので、読んでいて、飽きるということはほとんどないと言ってよいでしょう。
あとがき
今回は江國香織さんの『神様のボート』について、感想を書きました。
江國香織さんの作品はほとんどすべて読んだと思うのですが、だいぶ前の話なため、内容はほとんど覚えていなく、このブログで取り上げることで、再び読む機会を作りだすことができて、大変嬉しく思います。
神様のボートは、万人におすすめできる上、江國香織さんらしさが現れている良書だと思うので、気になる方はぜひぜひ読んでみてくださいね^^