佐藤多佳子

■ 『黄色い目の魚』

投稿日:2017年7月20日 更新日:

はじめに

「黄色い目の魚」をどうして読もうと思ったのかは、覚えていません。

ただ、目の前にあって、なんとなく読み始めました。

僕は、あんまり分厚い本が好きではないんです。

だから、本作もあんまり楽しめないだろうなと思っていました。

これは、良い意味で、期待を裏切られましたね。

とても「良い本」でした。

登場人物の心情がとても巧く作り込まれていて、感情移入しやすかったです。

分厚くても、一気に読むことができました。

今回は、思春期の男女の「成長」に焦点をあてて、感想を書きました。

楽しんでいってくださいね^^

黄色い目の魚

あらすじ

もう、後ろの扉は閉ざされている。でも、前の扉には手が届かなくて、暗い廊下のような場所で、私はぼんやりたたずんでいる。

村田みのりと木島悟は、高校の同級生です。

村田は、イラストレーターの叔父・通ちゃん、だけに心を許しています。

木島は、絵を描くのが上手な、サッカー部員です。

彼は、絵描きで他界した父親・テッセイに、一度だけ会ったことがあります。

二人は、美術の授業で、ペアになったことをきっかけに、互いを意識するようになります。

村田を描きたい木島と、木島の絵がみたい村田。

この関係は、友情?それとも恋愛?

思春期の微妙な心の揺れと成長を描いた傑作です。

感想・考察

村田と木島の(恋愛)関係について、考えるのが、王道だと思います。

しかし、僕は、彼女らの”成長“に着目します。

彼女らの成長とは何か?

ずばり、

  • 叔父からの自立
  • 父親からの解放

だと思います。

 
周囲とうまくやれない村田は、避難所のように、叔父のもとへと通います。

村田を一人の人間として扱ってくれる叔父は、彼女の良き理解者でした。

ただし、いつまでも、精神的に依存する関係は、健全ではありません。

叔父には叔父の世界があり、村田には村田の世界があります。

いつかは、自立しなくてはならないのです。

 
一方、木島は、父の幻影を追うように、絵を描いていました。

彼は、父のように、色を使わず鉛筆で作品を作ります。

同時に、彼は”マジ“になることを恐れていました。

「父親のようにはなりたくない」

そう思えば思うほど、彼は父親に似てくるのでした。

 

「最後は自分だけだ。誰かのせいにしたらいけない」

村田と木島は一歩先に進まなくてはいけませんでした。

「心の奥底にある感情をどうにかして伝える」

「不器用でもいいから本気で物事にうちこむ」

「今いる安全地帯から外に踏み出してみる」

そうするために、お互いの存在が、必要でした。

迷い、悩み、苦しみながらも、お互いを真っ直ぐに見据えた時間。

それが、彼女らを少しずつ変えていったのです。

成長した彼らの姿を見ることは、一読者として、とても清々しい経験でした。

本作は、「自分を変えたい」と思っている人、すべてに勇気を与えてくれる本だと思います。

ぜひ、いろいろな角度から作品を楽しんでみてくださいね。

あとがき

「黄色い目の魚」について、「成長」というテーマに着目しながら、感想を書きました。

思春期の男女が持っている可能性、あるいは潜在能力は、天井知らずだと感じました。

作品の評価は高いのですが、語り口調がちょっと苦手だったので、評価は■(3 point)です。

最後までお読みいただき、ありがとうございます^^

それでは。

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