金原ひとみ

■ 『蛇にピアス』

投稿日:2017年4月30日 更新日:

はじめに

「スプリットタンって知ってる?」

 今回、感想を書く作品は、第130回芥川賞、第27回すばる文学賞を受賞した金原ひとみさんの作品『蛇にピアス』(集英社、2003)です!

 綿矢りささんの『蹴りたい背中』と芥川賞をW受賞したことで、話題になりましたよね。

 けっこう過激な作品ですが、多くの人に受け入れられてる、この素晴らしい作品について、感想を書きたいと思います。

『蛇にピアス』(2003)

あらすじ

 「スプリットタンって知ってる?」

 これがルイとアマの出会いでした。

 ひと目でそれを気に入ったルイは、シバの店を訪れます。

 アマと同棲しながら、シバとも関係を持つルイは、舌にピアスをいれ、刺青を彫り、「身体改造」にはまっていきます。

 若者が持つ鋭い感性と荒々しい暴力の世界を描いた衝撃作。

感想

 久々に読みました『蛇にピアス』。

 学生時代から何度か読んだことがある、この作品から出てくるイメージを、言語化できればいいと思います。

 スプリットタンというのは主にマッドな奴らがやる、彼等の言葉で言えば身体改造。

 舌にピアスをして、その穴をどんどん拡張していって、残った先端部分をデンタルフロスや釣り糸などで縛り、最後にそこをメスやカミソリで切り離し、スプリットタンを完成させる。

 さて、「身体改造」について、僕の意見を述べると、それをやる人の動機はそれぞれ異なると思いますが、いずれも相応の理由があるんだろうと思い、基本的に「アリ」というスタンスです。

 例えば、僕もそこそこピアスをあけてるんですよ。

 それは何故かと言うと、ある種の「懲罰」なんですよね、自分に対しての。

 何と言うか、合法的に自分を傷つけても良く、しかもその証のようなものを形として残せる、非常に使い勝手のいい手段なんです。

 それが僕の相応な理由です。

 
 
 そして、「身体改造」は、強い衝動性に基づいて行われていると思います。

 この作品の中でもルイが、無理な拡張を繰り返しているシーンが描かれていますが、この気持ちはすごく良く理解できるんですよ。

 一度、こうしたいと思うと、せずにはいられないような、そんな魅力というか引力が「身体改造」にはあるんだと思います。

 これは、自分がまだピアスをあけていなかった時には理解しがたい感情でした。

 
 
 でも、その行為によって得られた結果は空虚なんですよね。

 別にそのことによって、自分を取り巻く環境や自分の中にある感情が、大きく変化することもない。

 作中では、このように描かれています。

舌ピをした。

 刺青が完成して、スプリットタンが完成したら、私はその時何を思うだろう。

 普通に生活していれば、恐らく一生変わらないはずのものを、自ら進んで変えるという事。

 それは神に背いているとも、自我を信じているともとれる。

 私はずっと何も持たず何も気にせず何も咎めずに生きてきた。

 きっと、私の未来にも、刺青にも、スプリットタンにも、意味なんてない。

 その通りだと思います。結局、意味なんてない。

 でも、ああ、意味なかったなって実感できるまで、理屈ではわかっていても、感情は、その最後の時を迎えるまで、納得することはできない。

 そんなようなもんだと思います。

 だから僕もその時を迎えるまで「身体改造」を続けるのかもしれません。

 この作品を読んでいて、心理描写は割とどうでもいいなって僕は思います。

 だって、ルイは子どもだし、アマとシバは何を考えているか全くわからない、そんな設定なので、彼女らが、どう感じたかなんて、想像するのは、大して興味ないんですよね。

 ただ、理性ではない、本能的な部分での欲求に関する描写が、とても優れていると感じました。

 ルイとシバのセックスシーンなどでは、それが顕著だったと思います。

 そこを繰り抜いて、言語化した、金原さんの感性はとても素晴らしいと思いました。

 以上が、作品の感想でした。まとめますね。

まとめ

  • 僕にとって「身体改造」は合法的に自分を傷つける手段
  • 本能的欲求を描いたシーンが際立って優れている

あとがき

 今回は、金原ひとみさんの『蛇にピアス』(2003)についての感想を記事にしました。

 きっとこのブログの読者の方の多くがこの作品を読んだことがあると思います。

 ぜひ、自分はこう思ったよーなんていうのをtwitterか何かでコメントしてくださると喜びます。

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