『君が香り、君が聴こえる』(小田菜摘/集英社オレンジ文庫)の読書感想文です。 切なくて、心を揺り動かされるような作品でした。 佐原ミズさんによるイラストも素敵です。 あらすじと感想・考察(ネタバレなし)を書きます。
『君が香り、君が聴こえる』のあらすじ
『君が香り、君が聴こえる』の感想と考察(ネタバレなし)
心理描写が巧みすぎるところも⋯⋯。
「君が香り、君が聴こえる」は、良い意味でも、悪い意味でも、リアリティを感じさせる作品でした。 というのは、心理描写が非常に巧みなのです。 そして、僕に言わせれば少々、巧みすぎるのです。 すなわち、人の心の負の部分、諦め、嫉妬、苛立ち、怒り、なども、ためらわずに描かれていて、それが妙に生々しいがゆえに、読んでいて少し嫌な気分になっちゃうのです。 当然、それらが描かれていることは必要だと思うのですが、ちょっと比率として多すぎるというのが率直な感想でした。
友希がなにか不安を抱えていることを薄々察しているのに強く聞き出せない理由は、知ったところで自分には彼女になにかをしてあげられる術がないからだ。 他人になにかをしてもらうばかりで、なにもしてあげられないいまの自分に、誰かを好きになる資格などあるはずもない。
うーん、ちょっとめんどくさいですね、この子は。 でも、蒼がまだ20歳にも満たないことを考えると「資格が…云々」みたいなことを考えてしまうのも無理がないように思えます。 「もっと自分を信頼してあげてもいいんだよ?」という気持ちになりながら、物語を読み進めていました。
描写が立体的だが共感しづらい
『君が香り、君が聴こえる』で良いと思った点は「描写が立体的」なことです。 それは、視力が奪われた主人公を描いている作品では、とても重要なことだと思います。 視力以外の五感をフル動員して、蒼は友希の実在を確かめます。
「夢じゃないよ」
ささやいた友希の頭を、蒼は抱え込んだ。柔らかい髪が胸に触れた。 さっきまで燃えるように熱くなっていた彼女の肌は、濡れたようにしっとりと冷たくなっていた。
そうだ。この感触は、夢でも幻でもない。
基本的に、こういう切ない恋の話は僕の大好物です。 ストーリーも良かったと思います。 ただ、残念なことに、このお話に出てくる登場人物に対して、共感や愛着といった感情を持つことはできませんでした。 それぞれのキャラクターは役割を全うしていたと思うのですが、なにかこう、心に訴えかけてくるようなものがありませんでした。 ですので、作品に感情移入することができませんでした。 その理由は釈然としませんが、僕はそう感じました。 感じ方は人それぞれだと思うので、このあたりは微妙なところです。
ある日突然視力を失ったら⋯⋯?
みなさんは、ある日突然、視力が奪われたらどうしますか? きっと最初は絶望するでしょう。 五感の中でも視力はおそらく最も重要な感覚だと思うので。 ただ、悲嘆しているだけでは、どうしようもありません。 僕は、本が好きなので、いわゆるオーディオブックをひたすら聴きながら、日常生活に困らない程度に訓練するんだろうと思います。 この作品で蒼が感じる苛立ち、見える時には簡単にできていたことができない、は少しながら理解することができます。 しかし、結局、そういうものだと時間をかけて自分を納得させていくしかないのだと思います。 もっと、画期的な技術が開発されて(音声認識など)視力がない方に優しい社会になることを願うばかりです。
『君が香り、君が聴こえる』はこんな人におすすめ
- 心理描写よりもストーリーを重視する人
- 視力障害に関して、興味・関心がある人
- 切なくも儚い恋の話を読んでみたい人
あとがき:君が香り、君が聴こえる
『君が香り、君が聴こえる』(小田菜摘/集英社オレンジ文庫)の読書感想文でした。個人的には、ちょっとタイプではありませんでした。やはり、登場人物に共感できないというのは、致命的だと思います。 でも「面白かった!」という方も読書ブログなどを見ていて、ちらほら見かけるので、相性の問題が強いのかなあと思いました。
佐賀県在住。